OKH

Nishinomiya, Hyogo/Dec. 2007
 クライアントが初めて事務所を訪れたのは建物が出来上がる6年前 2001年。はじめに、どこか不思議な雰囲気を漂わせた奥さんが1冊の雑誌を抱えて来られ、我々の事務所を知った経緯等と、その雑誌の1頁を開き「こんな雰囲気が好きなんです」と非常に漠然としたことを伝えただけだったと思う。それからしばらくして今度は、ご主人が1人でたぶん仕事の帰りか仕事の途中に事務所に立ち寄られた。大きな鞄を持って。話の途中で何もその鞄から出てこなかったのは、たぶん全て仕事に使う物が入っていたからだと思う。何を話したかは全く覚えていないが、彼らの存在はまだ事務所を開設して間もないころの思い出の1つに色濃く残っているのは確かだ。しかし、その時まさかこれほど長くかかるとは、クライアントと我々のどちらも思っていなかった。長くかかったのは、考えられるだけ考える時間を与えてもらった結果。考える側としてこれほど嬉しい事はない。
 敷地も予算も雑誌の1頁の雰囲気以外、何も決まっていない中での彼らとの打ち合わせの時間は、殆どが建物に関すること以外で費やされていく。食事に関すること、食材に関すること、お酒に関すること、旅に関すること、葉巻に関すること、音楽に関すること、睡眠に関すること、入浴に関すること、映画に関すること、時間に関すること等。その打ち合わせには、たっぷりの時間と美味しい食事とお酒がセットになっていて、明け方近くまで続いたこともある。
 候補として上がった3つ目の敷地は、私鉄の終着駅から徒歩10分。その内半分近くを階段を上る事に費やす。道路の突き当たりからさらに専用通路でアクセスする旗竿敷地。ここまで奥まると街中でもひっそりした感じがある。旗竿敷地の竿の部分は、道路よりも2m近く低く、旗の部分は、竿の部分よりもさらに2m近く低い。西側は、たくさんの種類の鳥がいるたくさんの種類の木の実が落ちる森に面している。
 この敷地に、たっぷりの時間をかけた家を作る。
 計画建物は、皆と食事をしたり音楽を聴いたり会話をしたりする土足のリビング棟と、寝室・クローゼット・洗濯室・浴室・ 洗面室がある上足の寝室棟の2棟からなる。リビングは天井高さが3.5mあり、キッチンは天井高さが2.2m程。このほんの少しのメリハリ感は、会話から感じ取ったもの。 天井が低いキッチンの上には、葉巻を燻らすスモーキングルームがある。寝室にはベッドに入って月を見るための天窓、洗面室には朝陽を浴びて洗顔するための天窓、浴室にはシャワーと共に光りを浴びるための天窓がある。2棟を16度ほど開き、2棟の床を70センチ高低差をつけることで、リビング棟の窓からは寝室棟の室内が全く見えない。また、隣家からの視線も2棟の間のどこにも入ってこないように建物全体の大きさを決めている。
 たっぷり時間をかけた分、新しい家に息を呑むような驚きはないと思う。昔からの知り合いと接するように、新しい家での生活が始まる。ただ、今まで気が付かなかったことに、ひょっとしたら気が付くかもしれない。ひょっとしたら。
Photography:S.Yamashita

 

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